ブラタモリ風に巡る倉敷散策

女性スタッフブログ

こんにちは、広報&設計の川上です。

前回のブログの続きです。

 

少しブラタモリっぽくなりますが、

 

「なぜ、倉敷の美観地区の建物は
白壁となまこ壁なのか?」

 

を調べてみました。

 

 

江戸時代の倉敷は、米や綿花が
集まる幕府の直轄地(天領)として栄えた商業の町。

 

商人たちが大切な商品を
火や雨から守るために建てたのが、
この「蔵」です。

 

◆白壁(漆喰塗り)
分厚い漆喰で高い防火性を発揮し、
火災から荷物をガード。

 

◆なまこ壁
外壁の下に瓦を張り、
継ぎ目に漆喰を盛り固めることで高い防水性を実現。

 

白と黒の美しいコントラストは、
当時の豪商たちのステータスでもあったようです。

 

機能性と美しさを兼ね備えた
職人のこだわりが今に
受け継がれている場所、
それが倉敷の美観地区です。

 

なんだか、マクスの家づくりと
通じるものがありますね!

 

歩いていると人力車を発見!
息子が乗りたいと言うので、
母と一緒に乗せてみました。

 

 

ここからは、人力車のお兄さんに
教えてもらったお話です。

 

倉敷の発展には、豪商「大原家」が
大きく貢献しています。

 

伝統産業だった綿花栽培を
近代化するため「倉敷紡績(現・クラボウ)」を設立。

 

その旧本社工場がリノベーションされ、
現在はホテルやレストランが入る
複合観光施設「倉敷アイビースクエア」として親しまれています。

 

 

赤レンガと外壁を覆うツタ(アイビー)が
印象的な建物ですが、このツタは元々
「夏場の工場内の温度上昇を抑えるため」に
植えられたものだそう。
建築的な工夫になるほどと思いました。

 

 

模型も展示されていました。

 

 

さらに大原家は、
日本初の西洋美術館である
「大原美術館」を設立。

 

モネの『睡蓮』やエル・グレコなどの
名画を集め、一般に公開しました。

 

 

病院や奨学金制度の設立、
美しい景観の維持活動にも取り組み、
大原家は、まさに「倉敷を心豊かに
暮らせる町へと育て上げた親」のような存在でした。

 

大原美術館の対岸にある
大原家の住まいの隣には、
オレンジ色の「有隣荘」が佇んでいます。

 

 

これは8代目当主が、
病弱な奥様のために暖炉付きの
温かい家として建てたものだそうです。

 

昭和3年に建てられたこの邸宅、
屋根にはなんと一枚3万円もする
瓦が使われているんだとか!

 

 

奥様は2年後に亡くなられて
しまったそうですが、
その後は迎賓館として使用され、
現在も年に2回特別公開されています。

 

ちなみに大原家の母屋に入るとこんな雰囲気。

 

 

歴代当主たちの名言が天井から
吊り下げられていてビックリでした!

 

母屋を抜けると、敷地内には
小さな町並みのように蔵が連なり、
美しい庭園もありました。

 

 

 

子どもの頃は「きれいな街並みだな~」
くらいにしか思っていませんでしたが、
大人になり、さらに建築に携わるようになって訪れると、
ひとつひとつの歴史や構造が興味深く、
もっとゆっくり見ていたくなりました。

 

もし、倉敷に行かれる際は
ぜひ美観地区を訪れてみてください。

 

 

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。